1、ホテルの鑑定評価に関する考察の背景
約3年半に及ぶ新型コロナウイルスの影響により、旅行者数、旅行消費、宿泊需要が半減しましたが、足元では、ワクチン接種や旅行支援、水際対策の緩和等を受け、国内旅行需要は回復に転じ、今後インバウンドの本格回復が期待されています。
観光庁の訪日外国人消費動向調査(2023年7~9月)によれば、平均宿泊日数が、約11.2日(前期約9.7日)、うちホテルの宿泊日数が約8.4日(前期約8.0日)となっており、長期滞在化の傾向が見られます。
ホテル形態は、伝統的にビジネスホテル(バジェット)、リゾートホテル、シティホテル、ラグジュアリ-ホテル等に分類されてきましたが、世界的な消費スタイルの変化・旅行需要の拡大等を受け、近年新たなスタイルのホテルが登場し、マーケットが多様化しています。
ここでは、今後の需要の拡大を見据えた、ライフスタイルホテルとアパートメントホテルを取り上げ、その事業拡大の背景や事業戦略について概観するとともに、ホテル事業の取組形態(直営・賃貸・運営委託(MC))、経営方式(所有、経営、運営)を整理し、両ホテルを不動産鑑定士が鑑定評価を行う場合の評価上の留意点等について考察しました。
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2、ライフスタイルホテル
ライフスタイルホテルは、ブランド力や顧客基盤の確立を背景にしたホテル形態(MC形態)であること、日本の旅行がモノ消費需要の割合が大であるのに対し、欧米系のように体験需要(コト消費需要)が拡大する可能性が大であること、等を勘案すると、こうした需要の受け皿として期待されています。
なお、こうした事業モデルから、コロナ禍にあっても安易な安売りはせず、ADRの維持が図られてきました。
今後は、ターゲット選定、プライシング、サービス内容等における差別化により、更なる需要の取り込み、収益拡大が見込まれます。
3、アパートメントホテル
(注)業界リーダーである「MIMARU」のHP(2023年11月末現在)によれば、東京エリア(15ホテル)、京都エリア(7ホテル)、大阪エリア(5ホテル)を展開しています。インバウンド需要をターゲットとするものであり、観光地立地戦略が窺えます。
当ホテルへの各社の進出状況を概観すると、不動産系ホテル事業者がメインプレーヤーであり、ホテル形態は直営が中心です。足元、需要の急拡大を見据え、各社の開業(計画)が相次いでいます。
アパートメントホテルは単機能(宿泊)にSA(注)を融合させた新しいビジネスモデルであり、メインターゲットをインバウンド需要とし、コト消費の流れに沿い、長く滞在することを想定した仕様になっています。
(注)SA(サービスアパートメント)は、賃貸借契約(30日以上)を締結する住宅賃貸の利用形態です。居室のサイズは区々で、家具やキッチンを常備し、付帯サービスとして、フロントサービス、居室清掃、リネン交換等が提供されています。
一方、アパートメントホテルは、ホテル利用(1日から)にSAのサービス機能を一部取り入れたものと解されます。
また、大人数の利用を想定しており、一人当たりの単価を抑えた設計となっています。
4、ホテルの不動産鑑定評価
「不動産鑑定評価基準」及び、「不動産鑑定評価基準に関する実務指針」(以下「不動産鑑定評価基準等」)によれば、ホテルは、当該施設における賃貸以外の事業の経営の動向に強く影響を受けるものとして「事業用不動産」に分類され、事業形態(賃貸か直営)に分けて評価方法を整理しています。
【収益価格の試算】
(①直営方式、②直営・MC方式の場合)
「不動産鑑定評価基準等」によれば、「当該事業の収益に基づく純収益と、事業リスク等を反映して収益価格を試算する。賃貸借の慣行がある程度認められる場合には、新規に賃貸することを想定した純収益と利回りをもとに収益価格を試算できる。」とされています。
(③賃貸方式、④賃貸・MC方式の場合)
「不動産鑑定評価基準等」によれば、「賃貸に基づく、純収益と利回りを基に収益価格を試算する。」とされています。
なお、当社実務では、上記に準拠し、「事業用不動産」における事業収支の基本構造に即し、負担可能な賃料をもとに契約賃料の妥当性検証を行ったうえで、収益価格を求めています。
5、ライフスタイルホテル、アパートメントホテルの評価上の留意点について
【ライフスタイルホテル、アパートメントホテルの整理】
不動産は、個別性・地域性・市場の需給等の影響を受けます。加えて、ホテルは、事業用不動産であり固有のリスクを踏まえた価値判断をする必要があります。
これらを踏まえて、ライフスタイルホテル、アパートメントホテルの鑑定評価にあたっての評価上の留意点を列挙しました。
①事業性の分析
- ADRに加え、一人あたり料金単価比較(マーケットポジショニング)
- 稼働率の妥当性
- GOPの水準検証、負担可能賃料の導出
- 差別化戦略(商品企画・立地戦略:ターゲット選定、プライシング、サービス内容等における差別化)
- MCのブランド力の評価
- SAとの比較(出口検討を含む) 等
②事業課題(リスク要因)の整理
- 制度改編・事業環境の変化(コロナ、水害、地震等)
- 構造問題(人手不足対策)
- IT、デジタル化推進
- マーケティング強化(Saas活用検討等)
- 社員教育 等
収益評価(賃貸の場合)では、事業収支を基に、マーケット状況の分析・キャッシュフローの妥当性の検証をしたうえで、純収益に適切なキャップレートを適用して評価しています。同時に、過去からの評価ノウハウ・データ蓄積による諸指標等に照らし、事業収支の水準や、事業評価の場合の利回りとの開差の妥当性等を検証しています。
また、ホテルは、社会インフラでもあり、特に、ESGやSDGs等に配慮した建物要件の充足チェックの視点も欠かせません。
今後は、こうした事業用不動産(環境不動産)に対する評価の専門性を有する不動産鑑定士・不動産鑑定業者の活躍の場が広がっていくものと推察します。