1、CRE戦略とは
CREとは、「Corporate Real Estate」の頭文字で、企業不動産を指します。企業不動産には、企業が事業を継続するために保有してるオフィスや工場などコア事業に必要な不動産や、投資用不動産(賃貸オフィスや賃貸レジ等)のほか、寮・社宅や遊休不動産(かつて寮・社宅だった土地等)も含まれます。
平成30年の法人土地・建物基本調査(5年毎に実施)によれば、法人企業が保有する不動産の資産額は、宅地・建物計で約460兆円にのぼっています。
国土交通省は、2008年に「CRE戦略を実践するためのガイドライン・手引き(以下、ガイドライン等)」を公表し、CRE戦略について、以下のように定義しています。
「CRE戦略とは、企業不動産について、『企業価値向上』の観点から、経営戦略的視点に立って見直しを行い、不動産投資の効率性を最大限向上させていこうという考え方である。」
企業不動産を活用して、中長期的な企業価値の最大化を目指すというものです。
CRE戦略を、個々の企業の取組みにとどまらず、国や社会全体の取組としてとらえています。また、企業環境が変化するなかで、CREを重要な経営資源の一つと位置づけ、その活用・管理・取引(取得、売却、賃貸借)に際し、企業の社会的責任(CSR)を踏まえた上で、企業価値の最大化を図るべく、最適な選択を行うことが求められています。
2、CRE戦略推進のあり方
これまで、CRE戦略はどのように推進されてきたのでしょうか。
<ガイドライン等におけるCRE戦略導入の効果>
ガイドライン等では、CRE戦略導入の効果を、企業にとっての効果と社会的な効果に分けて整理しています。
企業にとっての効果として、(1)コスト削減、(2)キャッシュ・イン・フローの増加、(3)経営リスクの分散化・軽減・除去、(4)顧客サービスの向上、(5)コーポレート・ブランドの確立、(6)資金調達力アップ、(7)経営の柔軟性・スピードの確保等、社会的な効果として、(1)土地の有効活用の促進、(2)地域経済の再生につながる、(3)適正な地価の形成に寄与等、を挙げています。
企業においては、ガイドライン等を踏まえ、「企業価値最大化」の実現に向け、課題認識と実現化の方法を検討します。課題を、計量化(効果測定)の程度で分類しました。ハード面は比較的計量化が容易な半面、ソフト面は比較的難しいといえます。
<企業の取り組み>
企業価値は、「コア事業の不動産、非コア事業の不動産、賃貸事業に供される不動産、遊休地など」から構成されます。企業自らの不動産分類を起点として、CRE戦略を推進することになります。
ガイドライン等が公表されてから約15 年が経過しましたが、以下では、企業不動産の利用状況別に利用方針(ソリューション)を整理するとともに、経済・社会環境の変化を踏まえ、今後のCRE戦略のあり方について考察しました。
ソリューションは、コア事業から遠く、また計量化(効果測定)しやすいものから実施・検討される傾向が見られます。また、企業風土や、コア事業の業績動向、業界における競争力の程度、ステーク・ホルダーとの関係等によっても、そのスピードが異なります。
(1)取組例1
遊休不動産を売却(及び借入金を返済)した場合の、売却前と後のROA改善効果を比較しました。
上記の例では、短期的には遊休不動産の売却及び借入金の返済によりBSの改善が見込まれますが、併せて、中長期的な企業価値の最大化戦略(売却資金をコア事業や投資用不動産取得に充当)との比較検討も行い、戦略決定します。
(2)取組例2
既存建物(賃貸ビル、自社ビル)が老朽化している場合には、改修、建替等が既に企業の検討課題となっている場合が多く見られます。用途変更(コンバージョン)等の可能性も検討のうえ、戦略決定します。
この場合、事業資金の規模(建物設計プラン、建築コスト見積等)、資金調達方法、事業収支の比較(マーケット分析、実現性や事業リスク判定、損益計算・資金計算)等について総合的な判断が求められます。
また、建替等にあたっては、満足度(社員、テナント)の向上(IT、共用部の充実等)、社会・経済環境条件等(ZEH、ESG、SDGs等)の充足といった視点が欠かせません。
(3)取組例3
働き方改革の下で、賃借(集約移転等)について検討する場合、オフィスを単なる事務スペース(インフラ)としてとらえるのでなく、付加価値空間(well-being)におけるビジネスチャンスの捕捉・イノベーション促進の場としても捉えます。これは同時に、ESGやSDGsに配慮した建物の訴求力を高めることにもつながります。
今後は、オフィステナントが賃借(移転)を検討する際、経済的な条件と併せて、付加価値(well-being)の具備により選好性が高まるものと推察します。当該企業にとっても、well-beingな環境下でオフィス事業を行っていることで、企業のブランドイメージが向上し、ソフト面から企業価値の最大化に資するものと考えます。
<不動産の専門家との協働>
CRE戦略では、現状の価値(ポジションニング・調査・分析を踏まえた個別不動産の現状の価値)及び戦略実施後の価値(各不動産の価値)についての比較が、企業のCRE戦略実施において重要な判断材料になると考えます。
不動産は個別性・地域性・市場の需給等の影響を受けます。また、不動産固有のリスクを踏まえ価値判断をする必要があります。こうした、不動産価値判断に精通した専門家(不動産鑑定士等)の活用が、CSRを踏まえたCRE戦略実施において重要な役割を果たします。
<これからのCRE戦略>
以下のとおり「企業環境の変化」を列挙しましたが、時限性のある取組課題が多く含まれています。
(注)リース会計(2026年実施目途)、PBR等改善(上場基準緩和期限2026.3)、SDGs(2030年達成目標)等
これからのCRE戦略においては、「企業環境の変化を踏まえた中期的な経営戦略の遂行」及び「CSRを踏まえた企業価値最大化(条件付き利益最大化)」の重要性が高まるものと考えます。
また、国土交通省は、2008年に「エリアマネジメント推進マニュアル」を公表し、「エリアマネジメント」を「地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取組み」と定義し推進しています。
現に、大手ディベロッパー等を中心に、地域間競争を勝ち抜くためのエリアブランドイメージの向上に向けたエリア戦略が展開されています。
今後は、CRE戦略を個々の企業価値の最大化から、エリア価値の最大化を通じた企業価値の最大化として多面的なとらえ方が不可欠になると考えます。その際、不動産鑑定士等の専門家としての目利きが重要になることは言うまでもありません。